新緑のこもれび

日和田山や奥武蔵、時に遠い山をあるいた足跡

沢始めに河原木場沢

2026年7月30日 晴れ 下界は酷暑日

河原木場沢の読みには「きば」と「こば」があるらしい。

醤油樽の滝P7301326ここまで数本の小滝があるが、今回はアプローチ道で醤油樽まで楽をする。

ゆるい滑はやっぱり癒し系P7301345

コケ、この写真ではコケの色が表現できていないが、こもれびが差すとそれはP7301345

時々易しい子滝も数本、ちょっと楽しいP7301345

2段まとめて巻いた。久しぶりだと巻きも楽しいP7301345

谷が広くなって河原状になったので靴を履き替えたが、その後も小滝や滑が出てきた。水量が少ないので少し濡れるくらいで済んだのは幸い。

ハング滝も巻きP7301368

ハング滝を過ぎると水量が減り、間もなくガレ沢となる(見下げ)P7301376

左から第二高点下の大崩壊したガレ沢が入り込むP7301373ここを登る記録もあるが、更に100mほど登って西天狗西のコルを目指す方が、多分歩きやすい。

稜線が見えてきたP7301383今回は沢から左の藪のない樹林帯にとりついてここに出た。この上部で右の樹林帯をトラバース気味に登り、もう一つこんなガレを横切った樹林帯を登って第二高点の少しコル側に抜けた。

コルから第二高点に登ってP7301387前に赤岩の頭と峰ノ松目、後ろに赤岳・中岳・阿弥陀岳

西尾根を下り、前回登った時には気が付かなかった枯尾の峰。ここから林道に下ったP7301394

イブキジャコウソウ 沢山咲いていたP7301370キバナノオダマキかP7301343

ヒナザクラかP7301389

ログIMG_5983駐車場(7:09)-醤油樽の滝(8:20)-二股12:30-登山道(14:10)-枯尾の峰(16:40)-駐車場(17:30)

以前、醤油樽の滝に行ったときに、この上はどうなっているのだろと興味を持った。その年は氷の発達が悪く、中央はびしょびしょで、右側水流沿いを落ち口5mほど下までしか登れずじまいだった。良い状態のときに上まで行ってみたい思いがあり、下見のために稜線まで抜けてみた。今回巻いた滝が冬は凍るのだろうが、滝間と詰めが長いので思ったほど(冬は)魅力的ではない印象に変わった。沢登りの対象としては、比較的大きな3つの滝を巻いてしまったので、沢歩き&巻きと詰めのトレーニングになってしまったが、久々に山に浸った満足感があった。

痕跡はなかった。

途中で痛み出したが、全行程を通じなんとか歩きとおせた。

昔道(以前も一部書いたが再び)

醤油樽の滝から稜線道に上がる記録もあるが、昔は道があった。だから醤油樽までは、今でも整備されている事もあって、はっきりした登山道として残っている。

今回下った枯尾の峰から桜平(下)付近までの谷沿いにも道があり、今回はその痕跡の30%位は辿れた。

また昭文社の地図には枯尾の峰から唐沢鉱泉・桜平分岐まで薄いグレーの道跡がある。

ピノキオ?に会いに柏木山

2,026年7月28日 曇り ギリギリ夏日

先日、龍崖山から柏木山に向かう予定が、厚さバテで敗退したので、今日は南の苅生(かろう)から周回してみた。最高気温26℃予報の曇り日で快適。

柏木山・赤根ヶ峠分岐に自転車を置いて柏木山方向(標識手前を左の震度観測所方向)に。しばらくは未舗装林道IMG_8196

榎坂コースとカモシカ新道分岐を右のカモシカ新道へIMG_8167

富士見の丘分岐(右)の先、タブノキの森の標識を左の急登、柏木山方向にIMG_8170

途中の祠にお参りIMG_8174

再び林道に出て左からの道を一本見送った先を左にIMG_8175

男坂女坂分岐に出てIMG_8181

男坂を登ると柏木山IMG_8185

山頂にはベンチが沢山IMG_8186

ピノキオのお友達たち。この山ではあちらこちらで遊んでいるIMG_8187

キスゲが咲いていた。植栽されたらしい。複雑な気持ちにIMG_8188

女坂と榎坂コース分岐、榎坂コースにはロープがあるが、進入禁止ではないIMG_8191

小さな道標、左は先ほどの榎坂コースとカモシカ新道分岐に下る。直進するIMG_8192モミの丘、ピノキオの仲間(左下)はギターを弾いているIMG_8193榎坂配水場に出て、舗装道路を戻るIMG_8194

道路を戻って苅生柏木山入口IMG_8195

案内板の概念図IMG_8184

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柏木山・赤根ヶ峠分岐-カモシカ新道-富士見の丘分岐-男坂-柏木山-榎坂コースー榎坂配水場-舗装路-苅生柏木山入口-柏木山・赤根ヶ峠分岐

山というより丘に近く、北側の半周はゴルフ場のフェンス沿いの道、南側にはたくさんの道があるが半分は未舗装林道になっていて、ちょっと大きい裏山の雰囲気。要所に置かれた小さな木の人形が楽しい。道やベンチが地元ボランティアによって整備されていて、大切にされている事が歩いていてよくわかる。季節を選べばいろんな花が見られ、落葉樹も多く四季が楽しめそうだ。榎坂コースは細かいアップダウンがあってトレーニング向きだが道脇のフェンスが残念。

山頂下の男坂、女坂分岐に「クマ出没注意」の看板があるが、行動中その気配はなく熊の痕跡も見ていない。榎坂コースでは藪からガサゴソと聞こえてちょっと緊張したが、日本鹿らしく、甲高い鳴き声が時々聞こえた。

飯能河原から龍崖山/柏木山敗退

2027年7月18日 曇り一時小雨 真夏日
飯能駅起点で龍崖山から柏木山を目指したが、柏木山手前の赤根ヶ峠から美杉台に下りバスで飯能に戻ることになった。曇っていて気温は30℃とあまり高くはなかったが、雨上がりの湿度にやられた。夏の低山は暑さと湿度との戦いだ。

飯能河原の南半分は場所代1000円の有料河原になっていたIMG_8149

龍崖山の山頂は主郭の跡で広場になっている。美杉台の街並みが綺麗IMG_8153

一角に浅間神社が佇む、富士講の名残だろう。ヤマユリが一本IMG_8158

祠の元に姫ヤブランIMG_8157姫ヤブラン

ヤマユリが涼し気IMG_8159ヤマユリ

龍崖山城の主、大河原氏ゆかりの軍荼利神社の樫の木IMG_8161

八耳堂(正面後ろに樫の大木)IMG_8164

セミの抜け殻/八耳堂前の桜の木IMG_8165

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軍荼利神社の樫の木
幹の太さを測らなかったのは悔やまれる。この神社は、大河原氏が鎌倉時代の1202年に創建したもので、室町時代終焉と共に大河原氏が帰農した1590年以降は、地域の神社として祀られていた。その92年後の1682年に火災で全焼したが再建された。創建時の植樹なら樹齢約800年だが、幹の太さからおそらく再建時以降に植えられたものではないかと推測すると、樹齢344年未満という事になる。
本来は軍神なのでその役目は室町時代と共に終わっている。明治40年(1907年)には近隣の神社を政府の政策により11社合祀してしまったので、大河原氏の末裔はどう感じているのだろうか。それでも今でも地域住民によって維持管理されているのだそうだ。

八耳堂
大河原氏ゆかりの堂で、軍荼利神社創建の約50年ほど前に建てられたらしい。金蔵寺の境外仏堂だが、八耳堂の方が古く、金蔵寺は50年ほど後に軍荼利神社とセットで建立された。ただ、火災で焼失したのちに寺は少し離れた現在の場所に再建された。この金蔵寺の火災と軍荼利神社の火災は同じ火災であったと推定されている。軍荼利神社は元の場所、つまり現在の場所に再建された。

余談だが、この大河原氏をめぐっては、

1.東秩父村の大河原氏(中村氏分家)が飯能に移り住んだ丹党説。御堂にある浄蓮寺の境内が、当時の「大河原氏館跡」。近くに安戸城跡がある。

2.坂戸の大河原氏(児玉党浅羽氏の一族)が、のちに飯能方面へ進出して築いたとする児玉党説。坂戸市北峰に大河原氏館があった。

3.飯能の大河原という地名を名乗った上記1および2とは無関係な地元勢力。後に近隣の丹党勢力に合流。

の論争があるそうだ。

八耳堂や軍荼利神社は鎌倉時代の創建だが、龍崖城は詳細に調べると、その構造から戦国時代の築城らしく、戦国時代にこの地を継いだ「中山氏」や「小田原北条氏」に関係するらしい。結局飯能の大河原氏は、秩父大河原氏や坂戸大河原氏とは無関係ながら、のちに有名どころの大河原氏と関係があるような願望的な伝承が生まれたらしい。結局ローカルな歴史としてはよくある結末なのかもしれない。

またこの軍荼利神社は修験との結びつきが強く、実はこの地の大河原氏は修験であった可能性もあるらしい。

AIを使うと調べ物は格段に容易になるが、聞き方によっては、今回の大河原氏のルーツについて、上記1と答えたり、2と答えたり、太鼓持ち的回答をするので注意が必要だ。

熊情報

ルート上に、クマの痕跡はありませんでした。

 

ミズワタクチビルケイソウなのか?

2026年7月14日 晴れ 猛暑日

猛暑日となったので耐暑確認のため飯能河原周辺をライド&散策した。

ヤブランを撮るつもりがコセンダングサにピントが合ってしまったIMG_8142

中央の橋、梅雨なのに水量は少なめIMG_8143

バーベキュー会場は平日なのに若者で賑やかだったIMG_8144

入間川沿いに遊歩道が本郷浄水場まで続いていた。少し涼しいIMG_8145

水は見た目にはきれいだが、水中の岩には綿の様な藻類が生えている。川べりを歩いていると、ときおり臭いが鼻について不快な場所がある。藻が増えるのは川の汚染と関係が深いらしい。よく行く巾着田周辺でも15年ほど前までは流れの中にふわふわの藻が付いている石などなかったのに、いまでは藻だらけになっている。この藻について気になる情報がある。となりの多摩川などでミズワタクチビルケイソウという外来種が大繁殖して問題になっているらしい。今回見たのが在来種の藻類なのか、外来種のミズワタクチビルケイソウなのか同定できていないが、もしかしたら入間川にも持ち込まれてしまったのかもしれない(釣り人の長靴や道具類が汚染の犯人らしい)。高麗川は15年くらい前まで藻はなく、水中の石も綺麗だったのに、最近は藻だらけになっていて、藻のにおいも場所によっては鼻につくようになってきた。在来種のアオミドロ類ならまだましといえるのかどうか。
それにしても、15年前より生活排水処理の普及は進んでいる(おおよそ50%から90%になっている)のにどうして年々高麗川が汚れてきているのか不思議だ。
生活排水の影響ではないとすれば、杉の木に水を取られている事が思いつく。高麗川流域は、ほとんどが杉の人工林であり、かなり密集して植えてある。杉が育つと葉から蒸散する水の量が増えて川に流れ込む水の量が減ることはあると聞く。水の量が減って浄化作用が低くなったのか。事実20年前には水量が豊かで沢蟹、カジカ、ヤマメが生息していたある小沢、今では比べられないほど水量が減り、ヤマメどころか沢蟹やカジカも全く見られなくなっている。太陽光パネルを設置することで貴重な自然が破壊されるというのはよく聞くが、杉の人工林にした時点で自然はとっくに破壊されているんだよ。などと川の藻を見ながら、そんなことを思いながらの河原散歩だった。

この猛暑でも3時間ぐらいならなんとか動けそうだが、やっぱり軽く脱水した模様。

台湾リスが侵入してきた奥武蔵

2026年7月6日 小雨

巾着田から黒尾根を登り、物見山から日和田山を回った。6月7日に熊が目撃されたエリアのほぼ外周になる。幸か不幸か熊の痕跡(糞・足跡・熊ハギ・獣臭など)は何も見つからなかった。ただ、日本鹿の鳴き声と台湾リスの姿を見た。どちらも山と里の平和を乱す輩だ。

ノカンゾウがアジサイの代わりに咲いている巾着田IMG_8115

あじさいは根元から切り戻されて、今年は花をつけない。毎年咲かせる丁寧な剪定は人手不足か予算の関係か、できないようだ。ならば、根元からの切り戻しは一株おきに2年に一回とすれば、毎年一株おきに咲く計算になるのだが。

日向集落のここが黒尾根の入り口IMG_8116

登り始めて10分ほどでこの場所、振り返って左に家または小屋、左が棚田跡IMG_8117

ナラ枯れによる倒木。蔓の類は木が倒れることによって水平移動する戦略かなIMG_8118

黒尾根は右へいったん下る。登りでは間違えやすい場所。左は林道に出るIMG_8119

ベニタケ系のキノコ、梅雨はキノコの季節でもあるIMG_8120

黒尾根終点、イボ石の峠、その後ろは物見山から北向地蔵へのハイキング道IMG_8121

富士見屋山近くの東屋の桜がかなり衰弱しているらしく、枝が枯れてきているIMG_8123

雨模様の時、金毘羅神社上の西展望台からの山並みは低山ながら威厳があるIMG_8127

リョウブが花盛りでよい香りIMG_8128リョウブ

オオバギボウシも咲きだしたIMG_8129オオバギボウシ

黒尾根下部で台湾リスを見た。至近距離で登山道を横切った。台湾リスは隣の日高市より都会側にある入間市で問題になっている。特定外来生物に指定されていて、生態系に影響を及ぼすそうだ。のんびりしている行政は鹿やカモシカ対策に無頓着なので、台湾リスにも関心がないかもしれないが、一応市役所に通報したら、まだ防除計画はないとの返信があった。こういう問題は初動が大事だと、通報についてGoogleに褒められた。現在日高市で問題になっているアライグマ同様、台湾リスもリストに載るのは時間の問題かもしれないが、多分手遅れになってからだろうと思うのは失礼だろうか。

鹿と思った鳴き声、ちょっと変だと思って帰宅後ネットで確認すると、どうも台湾リスの鳴き声だったようだ。奥武蔵で見たり聞いたりしたら、飯能市役所や日高市役所に通報してください。みんなで在来種のリスを守りましょう。

ログIMG_5924

 

日和田山 しっとり

2026年7月1日 曇り時々小雨

沖縄は梅雨明けしたが奥武蔵は真っただ中。山道はウエットで滑りやすくて危険な季節だが、しっとり濡れた草木の葉が生き生きして第二の新緑。

キハギ(木萩)IMG_8108キハギ

蕾が連なって夏中咲き続けるようだIMG_8106

オカトラノオ、高指山周辺では見たことがあるが、ここでは初めてIMG_8113オカトラノオ

アブラツツジ。実が下がってかわいいIMG_8109アブラツツジ

金比羅神社前の林はナラ枯れで荒れた印象だが、それも自然の成り行きだろうIMG_8110

夏は小雨が気持ち良い。琴平神社の乾いた濡れ縁に腰掛けさせていただいて、雨音を聞きながら霞んだ景色につつまれてぼんやり過ごす。雨の日だけの特別な時間。

縁板にお尻の跡をのこしつつ

日和田山とセットなのが林道清流線から高指山へのライド、いつもは空冷式だが、今日は水冷式で効率が良い。この時期の苔は元気がよく林道のいたるところで待ち伏せして落車を誘うので、下りのスピードは控えめに。

 

アジサイ

2026年6月23日 曇り

宿谷川沿いのアジサイを思い出したので行ってみた。いつもは物見山から東尾根を下って宿谷の滝上に出るのだが、今日は鎌北湖から宿谷に行き、ヤセオネ峠に上がって北向地蔵を回って鎌北湖に戻った。

鎌北湖駐車場から遊歩道入り口のアジサイIMG_8087

林道宿谷権現堂線の登山口に出て振り返る。ここにもアジサイIMG_8088

宿谷ノ滝の公園から川沿いの登山道入り口のアジサイIMG_8090

川沿いのガクアジサイ。原種だろうか、今年は装飾花が少なすぎるIMG_8093

北向地蔵の下にはシュウカイドウの葉が元気IMG_8100

僅かにホタルブクロIMG_8097

旧権現堂には広く開けたところがあるIMG_8102耕作放棄地だが、以前は集落があったのではないか、更にその昔は宿谷氏の居住地だったのではないかと密かに考えている。畑なら傾斜地のままでよいのだから。

鎌北湖から旧権現堂への道の整備されていた痕跡IMG_8104この擁壁は昭和期のようだが、この道は明治40年図にもある昔から使われていた道のようで、同じ規格の道が宿谷から旧権現堂までつけられている。当時はもっと広かったと思われる。権現堂の地名は、奥武蔵グリーンラインを挟んで北に旧権現堂(ログ地図の「毛」の西の道を越えたあたり)、南に現在の権現堂がある。なぜ移動しているのか気になる所だ。

鎌北湖に戻って、今は廃屋となっている建物脇に残っているガクアジサイIMG_8105人がいたところに整った花のアジサイがあった。

ところで、宿谷川沿いのガクアジサイと思っていた白い花、調べてみたら「ガクウツギ」だった。ウツギという名がついているが分類上はアジサイなんだそうで、昔の人が見た目で名付けたらしい。ガクウツギも日本固有種とのことだ。アジサイの原種の「ガクアジサイ」とは別の物だが、遠い親戚らしい。

本日のログIMG_5899

宿谷の滝からヤセオネ峠までのルートは奥武蔵でおすすめ。物見山に登るのも一押しルートだが、宿谷までの交通手段がないので鎌北湖起点とし、鎌北湖までバスを利用することが出来る。本数が少なくて不便ではあるが、毛呂山町役場から「毛呂山町バスゆず号1コース」が使える。下山路は物見山から日和田山に抜けて高麗駅か、巾着田から高麗川駅までのバスが使える。

ところで、北向地蔵に最近「真言」が掲示してあって、3回唱えるように説明書きがある。 地蔵の真言は「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」。真言というから真言宗や密教の事かと思っていたが、どうも仏教に共通しているらしい。意味をAIに訊いてみたら(便利な世の中になったもんだ)

・オン(Oṃ)「帰依(きえ)します」という意味です。
・カカカ(ha ha ha)お地蔵様(地蔵菩薩)の名前を呼びかけています
・ビサンマエイ(vismaye)「驚くほど素晴らしい」「類まれなる尊いお方」という意味です
・ソワカ(svāhā)「成就しますように」「幸あれ」という意味です。

・大まかに翻訳すると、「素晴らしいお地蔵様、どうぞ私の願いを叶えてください」という意味になります。

という事らしい。真言を三回唱えたが、「私の願い」を言い忘れているじゃないか。それとも、願わなくとも、本人も自覚していないその願いの本質が地蔵様には分かっているという事なのだろうか。

そういえば般若心経の終わりも「菩提僧莎訶(ぼうじそわか)般若心経」となっていて僧莎訶(そわか)が同じような意味であった。元はサンスクリット語なので同じなのは当たり前だが、私の頭では理解不能なので、真言に”はまる”ことはなさそうだ。