2026年8月10日 晴れ 真夏日(の割には暑さが厳しかった)
国土地理院地図にはあるがいわゆる登山地図やハイキングマップには紹介がないルートを歩いてみた。穴郷からの道は2年前にあかね公園から赤根ヶ峠に向かう際、配水場から谷に下って「飯能萩の里南高麗郷」の標柱に出て赤根ヶ峠まで歩いている。そのときに南高麗郷に興味を持ち、下(穴郷)から歩いてみたいと思った道だ。
穴郷からの道はコンクリート舗装されているが舗装が切れると草ぼうぼう
「飯能萩の里南高麗郷」の標柱。2年半の間にずいぶん傷んでしまった
この道沿いには沢側に田んぼ跡が奥まで続いていた
赤根台工業団地への道を示す道標。どこに出るのかな
上畑と穴郷の合流点(分岐)
赤根ヶ峠
柏木山からの眺めは今日も靄
穴郷(登りの起点方向)への道を引き返す
穴郷には下らず直進する
路傍に不動尊
赤根ヶ峠-上畑 の道標
笹と蜘蛛の巣がうるさくなるとすぐ出口
ここに出る(振り返り)。道標などはない
ログ
明治43年図から
赤根峠を中心にすると、その登り口は、西の「苅生」と「下直竹」、東は大河原の「八耳堂」と「岩根橋南」の4か所あった。現在西の道は国土地理院地図に残っているが、東側は飯能大河原工業団地によって消滅し、その痕跡さえ辿れない。
今回歩いた道は、上記の旧街道のさらに南の道で、下畑からの道は明治43年図には徒歩の道として掲載があるが、穴郷からの道は昭和24年図においても赤根ヶ峠までは繋がって居ず、居住の痕跡もなく、谷あいの農道として利用されていたにすぎない。「飯能萩の里南高麗郷」の標柱があるので古代の痕跡を期待したが、あるはずもない。
穴郷からの道の東の尾根上には、今はない道が旧図に示されていた。もう一本の現在も図記されている下畑から北進する道と合流して真東に方向を変えて矢颪(やおろし)の現在で言う飯能大橋に繋がっていた。
次に歩きたい道は旧図の道(苅生道)
赤根ヶ峠から苅生への道。左は旧図道だが右は現代図で2本あるうちのどっちだろうか。この真ん中の道の上部に昭和51年図まで神社があるので旧道はこっちかもしれない。3年後の昭和54年図にはなくなっているが、今までなかった麓に54年図から神社が新たに記入されている。この3年間に移したものと思われる。この神社と今日お参りした不動様の石仏との位置が近い。すでに50年経過しているが痕跡は見つかるだろうか。
上畑への道は途中にたくさんの分岐があり、興味をそそられたが、すぐに苅生の道路に出るか田んぼ道に出るかのどちらかなのでさほど面白くはなさそうだ。
熊:クマ出没注意の張り紙が2か所にあったが、痕跡や気配はなかった。
膝:8月に入ってトレーニングをさぼって居たら、違和感や痛みが出てきていたが、今日の行程では問題が出なかったので一安心、トレーニングはさぼれない。
せんべい:釜久に立ち寄って「極上サラダあられ」を購入。これうまい。
ここまで数本の小滝があるが、今回はアプローチ道で醤油樽まで楽をする。





ここを登る記録もあるが、更に100mほど登って西天狗西のコルを目指す方が、多分歩きやすい。
今回は沢から左の藪のない樹林帯にとりついてここに出た。この上部で右の樹林帯をトラバース気味に登り、もう一つこんなガレを横切った樹林帯を登って第二高点の少しコル側に抜けた。
前に赤岩の頭と峰ノ松目、後ろに赤岳・中岳・阿弥陀岳
キバナノオダマキか

駐車場(7:09)-醤油樽の滝(8:20)-二股12:30-登山道(14:10)-枯尾の峰(16:40)-駐車場(17:30)










モミの丘、ピノキオの仲間(左下)はギターを弾いている
榎坂配水場に出て、舗装道路を戻る
































