2025年12月11日 曇りのち晴れ 0-14℃
鎌北湖から林道権現堂線と阿諏訪への分岐に石碑がある。鎌北湖駐車場の最西端部分だ。Googleでは「鎌北の猿田彦大神」とある。
石碑(東向き)
表には「猿田彦大神」の文字
北面には「子権現」とその左に「大谷木」の文字(判読できない文字が上下にある)
南面には「権現堂」(判読不明な文字が上下にある)の文字
猿田彦と言えば、日本神話の天孫降臨でニニギノミコトを地上に導いた神様。道案内したので、交通安全、事業開運、方位除けなどのご利益があるとされている。それゆえ街道の辻や交差点に石碑や祠として祀られることが多いらしい。この場所は林道権現堂線と阿諏訪への分岐(Y字路)なので、ここにあっても不思議ではないが、林道権現堂線が車道開通したのは昭和46年(1971年)、山道として地図に記されたのが昭和44年(1969年)からで、それ以前には地図表記がない。また、この石碑はもっと古そうだ。
そこで旧図を確認すると、鎌北湖ができる前の道が確認できる。赤線が旧図の車道、青線が現在の林道権現堂線(赤線は明治40年/1907年、五万図にある車道)
現在石碑があるのが「分岐B」。もともとの権現堂への分岐が「分岐A」なので、推論は、鎌北湖着工の昭和4年(1929年)に「分岐A」から撤去した「石碑」が、その後林道権現堂線を舗装した昭和46年(1971年)に「分岐B」に移動した。その間の約40年はどこにあったのだろうか。駐車場の整備がいつ行われたかわからないが、設置状況から、最終的には駐車場工事の際に現在の場所に設置されたと思うのが妥当だろう。石碑はモルタルで補修してある。
・鎌北湖
・五万図旧図に記載されたのは昭和34年(1959年)
・林道権現堂線
・山道として地図に記されたのが昭和44年(1969年)
・舗装開通:昭和46年(1971年)
現場の確認が雑だった。まさかこんなことになるとは思っていなかったが、現場はよく見て記録する必要がある。
今回は自転車で回った記録なので、本来ここに載せるべきではないと思ったが、昔のあれこれを分散掲載するデメリットを考えて、このブログに掲載した。